大場秀章先生の「草木花ないまぜ帳」
今月のテーマ: ラベンダー

ラベンダー
 ハーブがブームだ。濃い紫色のカーペットが広がるように続くラベンダーの畑はこのブームを象徴している。雨が多いおかげで日本は緑豊かなのだが、数日でも雨が続くと抜けるような青空や夏の地中海のような乾燥地に憧れてしまう。

 背丈の高くなる木は育たず、木といっても膝丈ほどの低い低木だけが生えるような乾燥地を日本では目にできない。そんな乾燥地に多いのがきつい臭いを発する植物である。

 ラベンダーもそのひとつ。この植物の仲間は大西洋に浮かぶカナリー諸島から地中海地域を経てインドにかけて分布しており、20種ほどある。いずれも花には芳香があり、多くの種が香油の採取に利用されている。

 日本で栽培されるラベンダーのほとんどはアングスティフォリア種で、真正ラベンダーあるいはイングリシュ・ラベンダーとも呼ばれている。直径1メートルにもなる大きな株に育ち、厚みのある線形の小さな葉が四角い茎に対生してついている。

 ラベンダーはラテン語でLavandulaといった。頭のLavoは洗うという意味で、トイレをいうラヴァトリー(lavatory)も同じ語源。ラベンダーが洗うという言葉と結び付くのも、もとはといえばラベンダーが石鹸やいろいろなトイレ用品に使われたからである。このLavandulaという語がラベンダーの仲間を意味するラベンダー属の学名になっている。

 ラベンダーの芳香は花茎に含まれる酢酸リナリルなどの精油成分で、水蒸気蒸留やエーテルで抽出するなどして取る。

 栽培するラベンダーは花穂に花が密生して見栄えもよい。私は研究でアラビア半島紅海側の山地に植物を訪ねたが、カラカラに乾いたアカシアやビャクシンの林の中に数種の野生のラベンダーがあったのを思い出す。香りはともかく、いずれも花穂にはまばらに花がつくのみで、観賞には向かない。いま栽培される真正ラベンダーの原産地は地中海の沿岸地だが、おそらくその原種は私がアラビアでみた野生種のようにまばらに花を生じるにすぎないものだったのだろう。

 さてラベンダーはいつ頃日本に入ったのだろう。一説に1768(明和5)年に生まれた宇田川榛斉の著書に載っていることから、江戸時代の文化年間(1804―1817年)に渡来したとする推定がある。しかし、江戸時代にラベンダーは注目を集めなかった。当時の日本人にはラベンダーの香りがきつかったのだろう。

 最近、日本ではラベンダーは香油採取に加え、切花としても需要が高まっている。ラベンダーはすっかり日本に定着したといえる。

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Profile:

東京大学名誉教授
理学博士
大場 秀章 先生
(おおば ひであき)
東京大学名誉教授。植物分類学の権威であり、ヒマラヤに生育する植物研究の第一人者の大場秀章先生が、植物に関する興味深いコラムを毎月お届けします。大場秀章先生には、当社の緑育成財団が支援している「ネパールムスタン地域花卉資源発掘調査」の中心メンバーとしてご指導いただいています。