大場秀章先生の「草木花ないまぜ帳」
今月のテーマ: ネムノキ

ネムノキ  今年はネムノキに花が咲くのが例年よりもかなりはやかったように思う。気温の上昇がとくに早かったためか。関東地方は空梅雨で花色も鮮やかだ。
地球温暖化が指摘されているが、ネムノキをみるとその花が温暖化を象徴しているように思ってしまう。それというのも子供の頃、ネムノキは夏休みの花だったからだ。朝、ラジオ体操というのが日課のようにあった。朝起きの苦手な私は半分眠ったまま体操をして家路を急いだが、そのとき眺めたネムノキの花はいまでも鮮明に思い出す。

 ネムノキは変わっている。樹冠のつくりも大きな一本の幹が頂まで貫いているというよりも、幹は上方でいくつもの枝に分かれ、とても細かく切れ込んだ葉が梢に輪状に拡がっている。日本にふつうに生えている木々とは異なる薄い横広がりの樹冠のかたちも加え、その樹形は異様だが、熱帯にネムノキのような樹形の樹が多い。ネムノキは日本から台湾、中国大陸を経て東南アジアという広い地域に分布している。その分布の全域からみれば日本はネムノキの分布の北限に当たる。

 花はいつも枝の先端にある。たくさんの花が円錐状に集まり、しかもそのほとんどが一斉に咲いてしまうようにみえる。花序を詳細にみると、まず15くらいの花が密集した頭状花序になり、その頭状花序が円錐状に配列しているのだ。

 ネムノキの花に繊細な感じを与えているのは糸のように細い無数にも思える上方がピンク色をした雄しべであろう。いったいどこに花びら(花弁)があるのかと思う不思議なかたちをした花だ。よく花をみると、多数ある雄しべは全長のちょうど下半分くらいがお互いに合着している。残りの部分はひとつひとつばらばらで、この部分がピンク色になり、外に広がり花びらのようにみえるのである。本当の花びら(花弁)は雄しべの半分の長さほどしかなく、しかも白緑色の小さな筒状で目立たない。

 ネムノキはマメ科の植物なのだが、ソラマメやフジなどこの科の多くの植物にある蝶形花冠をもたない。ネムノキのように放射相称で、花弁が小さく蕾のとき重なり合わず、もとの方が筒状になる花をもつ一群の種がある。この仲間をネムノキ亜科といい、とくに熱帯に多くその代表はアカシア属(Acacia)である。

 日本でみることのできるネムノキ亜科の植物は少ない。その代表はネムノキだが、ほかにはオジギソウとかギンネム(ギンゴウカン)がある。ネムノキの学名はAlbizzia julibrissin。属名のAlbiziaは、イタリアの自然科学者アルビッツイ(F. D. Albizzi)に献名されたものである。種小名の julibrissinはネムノキをいうインド東部の言葉だそうだ。
 ネムノキという日本名はその葉が夜間閉じて眠ったようになるからだ。日本中の人がこの現象を知っていたのだろう。方言を調べると、ネムリノキ、ネムタノキ、ネブリコなど、葉の開閉運動に因む名がほぼ分布域全域から知られている。名前ひとつみても、ネムノキは古くから人々から親しまれてきた樹であることが窺える。

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Profile:

東京大学名誉教授
理学博士
大場 秀章 先生
(おおば ひであき)
東京大学名誉教授。植物分類学の権威であり、ヒマラヤに生育する植物研究の第一人者の大場秀章先生が、植物に関する興味深いコラムを毎月お届けします。大場秀章先生には、当社の緑育成財団が支援している「ネパールムスタン地域花卉資源発掘調査」の中心メンバーとしてご指導いただいています。