大場秀章先生の「草木花ないまぜ帳」
今月のテーマ: トウガラシ

トウガラシ  トウガラシは新大陸の原産である。旧世界に広がったのは新大陸の存在が知られるようになった1492年以降のこと。だが、トウガラシはもっと以前から旧世界に渡来していたと主張する人も多い。理由は簡単だ。インドやイタリアなど、トウガラシの無い食生活なんて考えられないからである。

 トウガラシは、桃山時代から江戸時代初期の間に日本に伝った。貝原益軒は『菜譜』でトウガラシについて、「番椒近世朝鮮より来れり。故に高麗胡椒と称す。」と記し、朝鮮から来たものとした。異説もある。トウガラシを俗に「南蛮」と呼ぶように、南蛮つまりポルトガルやオランダなどヨーロッパの人々によって伝えられたとも考えられる。が、日本よりは先に移入されていた中国から渡来した可能性もある。現段階ではわが国への最初の渡来先や渡来年は未詳としておくしかない。

 先のインド、さらにはタイ、インドネシアや中国南部を旅行した人は必ずといってよいくらいトウガラシには悩まされたことだろう。 その辛味が尋常ではない。日本の常識では辛くないピーマンにもとんでもなく辛いものがある。ピーマンだから大丈夫と早合点して口にしたら、それこそ口中に火がついたような劇痛が走る。藪から棒にピーマンの名前を出したが、ピーマンもトウガラシの栽培品種の1系統なのだ。シシトウもそうである。トウガラシには果実のかたちや辛味の異なる実に多くの栽培品種がある。

 トウガラシの仲間であるトウガラシ属は属名をCapsicumといい、熱帯アメリカに10種ほどが産する。うち4種が食用に栽培されるが、2種はローカルである。汎世界的といえるのがトウガラシ(狭義)(Capsicum annuum L.) とキダチトウガラシ(Capsicum frutescens L.)。

 キダチトウガラシは熱帯・亜熱帯地域で主に栽培されていて、トウガラシが白色の花冠をもつのに対して淡緑色の花冠をもつ。一般に果実は小さく、上か下に向いてつき、辛味が強い。代表的な栽培品種がタバスコだ。

 トウガラシ(狭義)は中・南米が原産地と推定されている。果実のかたちなどで、パプリカ群、八房群、青果群、チェリー群、コーン群に区分される。辛味はこの区分とは関係がない。甘辛同居である。チェリー群のチェリーとはサクランボのことであるが、この群が「榎実」(えのみ)のように観賞用に栽培されるものを多く含んでいる。

 日本での辛味の強いトウガラシの代表はコーン群の「鷹の爪」だろう。赤い色をした鷹の爪は、文字通りその果実が鷹の爪に似ていることからそう名付けられたのだが、近年中国などからの輸入原料に取って代わられるまでは「七味とうがらし」の主な原料であった。チリペッパーは辛味の強いトウガラシをいうが、鷹の爪はその系統に属する栽培品種である。

 韓国の漬物であるキムチにもトウガラシが欠かせないが、強い辛味は望まれない。キムチと同様、高い香りは欲しいが強い辛味は要らないという用途は'紅葉おろし'など日本にある。「八房」が使われるが、実はキムチ用のトウガラシもこの系統のものだ。序ながら、赤い色が美しいパプリカはほとんど辛味がない。カイエン・ペッパーもこれに近い。日本で古くから栽培される「伏見辛」もパプリカ群のもの。葉は葉唐辛子に使う。未熟の果実が青唐辛子だ。柔らかな辛味が煮物の味を引き立てる。漬物やしそ巻きに使うトウガラシもこの伏見であることが多い。

 食べることに話がいってしまったが、最後に観賞用に植える「五色」にふれておきたい。五色という名は、その果実の色が象牙色から黄色、黄色から順次、橙色、赤、紅と5変していくことから生まれた。鮮やかな色彩の「五色」はトウガラシのスパイシーな風味を視覚でもって伝えてくれるかのようだ。

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Profile:

東京大学名誉教授
理学博士
大場 秀章 先生
(おおば ひであき)
東京大学名誉教授。植物分類学の権威であり、ヒマラヤに生育する植物研究の第一人者の大場秀章先生が、植物に関する興味深いコラムを毎月お届けします。大場秀章先生には、当社の緑育成財団が支援している「ネパールムスタン地域花卉資源発掘調査」の中心メンバーとしてご指導いただいています。