大場秀章先生の「草木花ないまぜ帳」
今月のテーマ: レンギョウ

レンギョウ  3月初旬のヨーロッパはまだ肌寒いが、日に日に春咲きの植物の花が目立つようになる。公園の植え込みに花を競うのはクロッカスやスイセンのような球根植物だ。ときにはその花を悲しませるような雪が降りもするが、たいがいはすぐに溶けてしまい、元気でいる花たちをみてほっとする。冬の間、家の中で過ごすことを余儀なくされていた子供たちに混じって大人たちも散歩に出歩くせいか、公園にも突如人が多くなった気がする。

  ヨーロッパの色々な都市にこの季節滞在したが、チューリッヒでみた花盛りのレンギョウの光景が忘れられない。まるで熱が感じられない弱々しい光に咲き誇った鮮やかなレンギョウの花色は日本でみたどのレンギョウも及ばないものだった。

  ヨーロッパの春に咲く植物には日本や中国など東アジアから移入された種類が多い。ハクモクレンやモクレン、エドヒガンやシダレザクラ、アセビ等々、多数あるが、越冬したアオキの真赤の果実も実に美しい。日本で見慣れたこれらの植物の花や果実が美しくみえるのは光線のせいなのだと思う。

 長い前置きで恐縮だが、レンギョウというと最近はいつもチューリッヒの光景が頭をよぎる。

 レンギョウの仲間は、モクセイ科レンギョウ属に分類される。属名はForsythiaといい、19世紀初頭に活躍したイギリスの園芸家フォーサイスW. Forsyth(1737--1804年)に因んでいる。 

  レンギョウ属には7種の野生種があり、そのうちの1種が南西ヨーロッパのバルカン半島に産するが、他の6種は中国から朝鮮半島を経て日本に産する。日本にはヤマトレンギョウ(Forsythia japonica)とショウドシマレンギョウ(Forsythia togashii)という特産種がある。
だが日本で植栽されるのは、こうした特産種ではなく中国産の種やその交配によって作出された栽培種である。もっとも普通にみかけるのはレンギョウで学名をForsythia suspensaという。これは中国原産で、枝が下垂する型と斜上する型(これをキダチレンギョウという)があるが、いずれも髄ははやく消失するため枝は節の部分を除いて中空となる。 

  レンギョウはこれまで葉が展開するより先に開花することが普通だったが、最近はまだ花が咲いているうちに開葉してしまうこともある。黄金色の花冠は直径2.5cmほどで、先端から半分ほどが4裂する。花が終わると関心が薄れるせいかレンギョウの葉の印象は薄いようだ。対生して出るその葉は、狭い卵形で長さは4から8cmになり、縁には細かな鋸歯があり、普通は光沢はなく深い緑色をしている。

  ヨーロッパで普通に栽培されるのは、このレンギョウではなく、レンギョウとシナレンギョウ(Forsythia viridissima)を交配したアイノコレンギョウ(Forsythia x intermedia)である。なかでも人気なのはスペクタビリス(‘spectabilis'’)と呼ばれる園芸品種である。これは日本でも栽培されているが、最近はこの園芸品種をもとにさらに他種を交配して作出された花つきの一層すぐれたベアトリックス・ファランド(’Beatrix Farand’)やスーパー・ジャイアント(’Super Giant’)が市場で一層の人気を呼んでいる。レンギョウに関してはヨーロッパと日本では新しい園芸品種の普及にほとんど時差がないといえるようだ。

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Profile:

東京大学名誉教授
理学博士
大場 秀章 先生
(おおば ひであき)
ヒマラヤに花を追う−秘境ムスタンの植物− 2005年2月4日、大場秀章先生が中心メンバーの調査チームがネパール王国のムスタン地域で行った現地踏査の成果をまとめた著書「ヒマラヤに花を追う−秘境ムスタンの植物−」の出版を記念して、講演会が開催されました。
東京大学名誉教授。植物分類学の権威であり、ヒマラヤに生育する植物研究の第一人者の大場秀章先生が、植物に関する興味深いコラムを毎月お届けします。大場秀章先生には、当社の緑育成財団が支援している「ネパールムスタン地域花卉資源発掘調査」の中心メンバーとしてご指導いただいています。