大場秀章先生の「草木花ないまぜ帳」
今月のテーマ: アヤメ

アヤメ  梅雨の季節も近い。水辺りではアヤメやハナショウブが見ごろを迎える。日本ではハナショウブの仲間が古くから鑑賞用に栽培されてきた。とくにハナショウブでは江戸時代以降、おびただしい数の栽培品種が作出されている。

 アヤメとその仲間はアヤメ科のIrisという属に分類される。この属は北アフリカからユーラシアを経て北アメリカに分布し、200を超す種があるが、日本に野生するのはヒオウギアメなど、そのうちの7種に過ぎない。ハナショウブだけでなく、日本産のアヤメ、カキツバタ、最近ではシャガやヒメシャガなども鑑賞に供されることが増えた。これとは別に、中国原産のイチハツ、ヨーロッパ産のキショウブなども古くから日本で栽培され、一部では野生化もしている。

 アヤメとカキツバタはよく似ている。これに紫色系統のハナショウブも含めた3種の区別は慣れるまで容易ではないかもしれない。花がないときにも役立つ区別点に葉の中肋の有無がある。目立つ中肋をもつのがハナショウブとその野生型のノハナショウブ、黄色花をもつキショウブである。アヤメとカキツバタの葉では中肋が目立たない。アヤメの葉は幅が0.5から1cmで、1cm以上3cmにもなるカキツバタとは異なる。アヤメでは萼片に当る外花被片の弁片の基部に、三角状で全体が黄色味をおび、脈だけが紫色になる部分があるが、カキツバタにはそれがなく区別できる。

 アヤメの仲間の葉では、葉の表面が消失してしまいみることができない。つまり見えているのは葉の裏面だけなのだ。アヤメ科は単子葉植物のひとつだが、単子葉植物には変わった葉をもつ植物が結構ある。消失こそしていないが外部からは葉の表面を見ることができないネギもそのひとつだ。ハナショウブの葉に目立つ中肋があると書いたが、これは今述べた理由で本当の中肋とはいえない代物である。

 菖蒲湯に使うショウブは、ハナショウブやアヤメなどとは関連が薄く、サトイモに近い植物である。ショウブ油という精油成分を含み、芳香があり、かつ分布の広いショウブは、洋の東西で昔から薬用に利用されてきた。 アヤメ属では、世界各地で野生種が鑑賞用に改良され、幾多の栽培品種も作出されてもいるが、アヤメやカキツバタのように野生種がそのまま、鑑賞目的で栽培されることも多い。

  アヤメ属には球根をもつ種もあるが、根茎をもつ種が圧倒的に多く、このグループを根茎アイリスといっている。日本原産のアヤメ、カキツバタ、ハナショウブは、いずれも根茎アイリスに属し、その中では外花被片にヒゲ状の突起を欠く、ビアードレス・アイリス(beardless iris)に分類される。世界各地で園芸に利用される種の多くが、日本産と同じこの仲間に属している。

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Profile:

東京大学名誉教授
理学博士
大場 秀章 先生
(おおば ひであき)
ヒマラヤに花を追う−秘境ムスタンの植物− 2005年2月4日、大場秀章先生が中心メンバーの調査チームがネパール王国のムスタン地域で行った現地踏査の成果をまとめた著書「ヒマラヤに花を追う−秘境ムスタンの植物−」の出版を記念して、講演会が開催されました。
東京大学名誉教授。植物分類学の権威であり、ヒマラヤに生育する植物研究の第一人者の大場秀章先生が、植物に関する興味深いコラムを毎月お届けします。大場秀章先生には、当社の緑育成財団が支援している「ネパールムスタン地域花卉資源発掘調査」の中心メンバーとしてご指導いただいています。