大場秀章先生の「草木花ないまぜ帳」
今月のテーマ:ススキ

ススキ  旧盆も過ぎた頃から急にススキが目立つように思うことがある。お月見の季節も近いという意識がそうさせるのか。定かではないが、先だっても東北の山道を通りながらそう思った。

  比較的安価な多種多様の工場製品が登場してから、山村の暮しは大きく変わった。それまで山野の植物に付与されてきた資源としての価値がほとんど消滅したといってもよいくらいだ。残された数少ない用途といえるのが、祭りや様々な儀式への利用である。

  一名をカヤともいうススキとても例外ではない。ススキといえば、かつてはわざわざそれを生やすための萱戸を設けたほどだ。主目的の屋根葺きのためだけではなく、秣、肥料、その他、炭俵や草履、縄、すだれ、箒、乾柿やめざしの吊し串など、実に様々な用途があった。

  イネ科の多年草であるススキは学名をMiscanthus sinensisという。種小名のsinensisは中国産の意味で、ススキが最初中国から記載されたことと関係している。ススキの仲間であるススキ属(Miscanthus)には約20種があり、東アフリカ熱帯から東アジアにかけて分布している。日本にはススキのほか、オギ、ハチジョウススキ、トキワススキ、カリヤス、カリヤスモドキなどがある。

  イネ科の花は他の植物とは較べることがむずかしいほど、特殊なつくりをしており、使用される用語にも特殊なものが多い。ススキの穂に、長い毛を伴って多数着いているのが、花の集まりである花序で、イネ科ではこれを小穂と呼ぶ。手に取って小穂を眺めると、先端から芒がでていることが判る。

  ススキ同様に大きな多年草で、沼のほとりなどの沼沢地に生えるオギ(Miscanthus sacchariflorus)は、芒がなく、小穂の基部につく毛が小穂よりも長くなる。ススキやオギでは多数の穂が軸の先に群がって出るが、トキワススキ(Miscanthus floridulus)では軸が長く伸びるため穂は一ケ所にかたまらず、下から順次上方にばらけてつく。カリヤス(Miscanthus tinctorius)は高さは1mを超えることはなく、穂の数もふつうは2つである。カリヤスの名は刈り安いことからきたという。屋根葺きなどにも利用されたが、古くから茎や葉を煮出して黄色の染料にした。刈安染めである。

  お月見にススキの組合せもススキの鑑賞への利用といえるが、庭園などに植え込まれることもある。また最近では屋久島の高所産といわれるヤクシマススキと呼ぶ小形の系統の鉢植えをみかける。ススキの葉にはいろいろなパターンの斑が入る。シマススキは葉に縦方向に白い斑が入る。タカノハ、別名ヤバネススキは黄白色の段斑が入るもので、葉も細く硬くなる傾向がある。さらに葉が細くなるのがイトススキで、葉の幅が通常のススキの半分以下のものもある。

イトススキも鉢植えに利用される。

  萱葺き屋根が減るなどススキの需要は大きく減った。それで見向きもされない植物になったかといえばそうでもない。やはり中秋の名月との結びつきに思いを馳せる人は多い。秋の七草に詠まれたこともこうした人々の愛好あってのものだったのだろう。鑑賞用の園芸利用は今後ますます盛んになっていくように思われる。ススキの新たな活用として注目したいものである。

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Profile:

東京大学名誉教授
理学博士
大場 秀章 先生
(おおば ひであき)
ヒマラヤに花を追う−秘境ムスタンの植物− 2005年2月4日、大場秀章先生が中心メンバーの調査チームがネパール王国のムスタン地域で行った現地踏査の成果をまとめた著書「ヒマラヤに花を追う−秘境ムスタンの植物−」の出版を記念して、講演会が開催されました。
東京大学名誉教授。植物分類学の権威であり、ヒマラヤに生育する植物研究の第一人者の大場秀章先生が、植物に関する興味深いコラムを毎月お届けします。大場秀章先生には、当社の緑育成財団が支援している「ネパールムスタン地域花卉資源発掘調査」の中心メンバーとしてご指導いただいています。