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大場秀章先生の「草木花ないまぜ帳」
 
 
テーマ: アスチルベ

アスチルベ

 5月から6月の園芸店でよく目にするのがアスチルベだ。鉢植えもよいが庭先に植えても楽しめる。アスチルベ・アレンジーのような園芸種の品種が多量に日本に入ってきたのは昭和30年代以降で、日本ではそれまでは園芸植物としては一般に馴染みがなかったようだ。アスチルベ(Astilbe)とはこの植物が分類される属の名称で、輝きを意味するギリシア語スチルベ(stilbe)と、欠けることを意味するア(a)の組合せからなり、アスチルベが小さく目立たぬ花をもつことを象徴して命名された。これがヨーロッパにもたらされたのは十九世紀になってからだが、皮肉にもその草姿や花序には独特の風情が認められ、栽培されるところとなった。

 ところでアスチルベはヒマラヤから東アジア、そして北アメリカに分布し、20を超える野生種がある。日本はこの属が最も多様化した地域にあたり、アワモリショウマ、アカショウマ、トリアシショウマ、チダケサシなど八種が野生する。何のことはない、アスチルベとは我われがよく知っているチダケサシ属のことなのだ。

 20世紀になってドイツのアレンズ商会が、中国産のオオチダケサシと日本産のアワモリショウマ、チダケサシなどとの交配から選抜、改良して、生み出されたのがアスチルベ・アレンジーで、今日の園芸品種の多くはこの系統のものである。花色も野生種にはない、赤、ピンク、クリームなどと多彩で、かつ鮮やかなものが多い。

 6月は草原にチダケサシが、林内にはアカショウマやトリアシショウマが花開く。西日本では渓流に沿う岩場でアワモリショウマが白花を密生した花序を出す。雨がちの空模様の下に見る、こうした野生種の草姿には、園芸のアスチルベとは別の風情がある。白地にほんのりと紅をさしたチダケサシ、純白のトリアシショウマやアワモリショウマの濃さを増した森林の木々や草原の緑との調和も心を打つ。属名を聞かれればこれらもアスチルベには違いないのだが、なぜか園芸種の派手なイメージと結びついたアスチルベとは一緒くたにはしたくない気持ちになる。そういえば、ハイドランジアとアジサイは同じ植物だが、梅雨空の庭先に咲くアジサイをハイドランジアと呼ぶのにも抵抗を感じる。たかが名前という以上に名前は重い。名前には文化が歴史がずっしりとのしかかっているのである。我われは一倍名前に拘る民であるらしい。赤子の命名に苦労するさまがこれに重なる。


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Profile:

東京大学名誉教授
理学博士
大場 秀章 先生
(おおば ひであき)
東京大学名誉教授。植物分類学の権威であり、ヒマラヤに生育する植物研究の第一人者の大場秀章先生が、植物に関する興味深いコラムを毎月お届けします。大場秀章先生には、当社の緑育成財団が支援している「ネパールムスタン地域花卉資源発掘調査」の中心メンバーとしてご指導いただいています。