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大場秀章先生の「草木花ないまぜ帳」
 
 
テーマ: ハギ

ハギ  松田修『花の文化史』(一九七七年)によると、『万葉集』に登場する、花が観賞に足る約五十種ほどの植物中、ハギを詠んだ歌は百四十一首あって、ウメの百十八を超え、第一位という。山上憶良の「萩の花尾花葛花なでしこの花女郎花また藤袴朝貌の花」に始まるという秋の七草にも、筆頭はハギだ。秋が来て花が咲くのを待ちわびる気持ちや、散るのを惜しむ気持ちが多数詠まれていることから、万葉人はハギを特に愛していた。牧草、垣根、屋根葺きなどの実用面でもハギは身近な植物であったと松田は書く。

 『万葉集』に続く平安時代になると秋を代表する花は中国から渡来したキクに変った。宮中では観菊のための宴が催され、これは今日に続いている。都ではハギは野趣を愛でる人だけの植物になってしまった感があり、あれだけ風景描写に優れた『源氏物語』にも、ハギを愛でた場面は皆無である。日本にはハギの仲間の野生種が八つある。ヤマハギ、マルバハギ、クロバナハギ、ツクシハギ、ビッチュウヤマハギ、ケハギ、キハギ、チョウセンキハギがそれで、このうちヤマハギ、マルバハギ、ツクシハギ、キハギの分布が広い。ミヤギノハギは栽培されるだけで野生は知られておらず、新潟県を中心に日本海側の多雪地帯に特産するケハギに近い特徴をもっている。おそらくミヤギノハギはケハギを中核に改良されたのだろう。これと別の栽培種にニシキハギがある。白花型がシラハギだが、ニシキハギは花色に変化があり、枝ごとや、一花中の花弁間で白花と紅紫花が染め分けるソメワケハギが名高い。

 ハギはいっぺんに多数の花を開く。その群れ咲く花が風に揺れ動くさまには風情を感じる。ハギを植えて楽しむ庭園や公園も日本には多い。『江戸名所図会』にも載る、亀戸の俗称「萩寺」・慈雲山竜眼寺は、その代表格であろう。ハギは日本人なら誰でも知るほどの植物だが、国際的な知名度は低い。欧米では学術的な目的以外にほとんど栽培されない。花が小さく、色変わりなどの変化に乏しいためであろう。日本から出て国際的園芸植物になったツバキやアジサイ(ハイドランジア)、ユリと比べると、そのことは一層はっきりする。逆にいえば、ハギを愛でる心情こそは私たち日本人のアイデンティティーなのか。

 ハギはマメ科の植物で、この科特有の蝶形花をもつ。蝶形になるのは花冠で、五枚ある花弁のうち、二対四枚が蝶の翅のように左右に配置し、残りの一枚は二対の花弁の上方に配置するため、花弁がちょうど蝶の頭や触角の位置にくる。この上方の花弁を旗弁という。下方の二対の花弁のうち一対は内側、他の対は外側に配置する。内側の対は花弁は下の縁が合着しちょうど舟のようなかたちになる。その舟の積荷のように内部に束になった雄蕊を収め、その雄蕊の筒の中に雌蕊がある。この雌雄蕊を包む花弁は龍骨弁または舟弁という。龍骨弁の外側を囲む花弁が翼弁である。

 ハギの花にはマルハナバチや他のハチが蜜を求めてやってくる。ハチは口吻を旗弁の基部めがけて差し込み蜜を吸うが、どこかに脚をかけないことには力が入らない。その足場になるのが翼弁だ。ハチの力で翼弁が下方に押し下げられる。そのとき巧妙な仕掛けで龍骨弁も連動して下方に下がる。しかし、中にあった雌雄蕊は動かないので裸出してしまい、蜜を吸うハチの腹に触れて、花粉の授受が行われるのである。小さなハギの花での巧妙な仕掛けは説明するとややこしいが、花に来るハチの動きを見ていればすぐに納得がいく。この秋はハギから自然のしくみを学んではどうだろう。

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Profile:

東京大学名誉教授
理学博士
大場 秀章 先生
(おおば ひであき)
東京大学名誉教授。植物分類学の権威であり、ヒマラヤに生育する植物研究の第一人者の大場秀章先生が、植物に関する興味深いコラムを毎月お届けします。大場秀章先生には、当社の緑育成財団が支援している「ネパールムスタン地域花卉資源発掘調査」の中心メンバーとしてご指導いただいています。