夏の福袋

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大場秀章先生の「草木花ないまぜ帳」
 
 
テーマ: ユズ

ユズ  今年はかな書の大家、日比野五鳳の生誕百年に当たる。丸みを抑制した気品と均整のある書体に私は心引かれる。その五鳳の作品のひとつに「モゝ栗三年柿八年ユズの大馬鹿十八年」というのがある。昔から日本人はせっかちだったのだ。植えてから実がなるまで十八年も待てるか、という気持ちがありありである。

 ユズは飛鳥あるいは奈良時代に中国から渡来したと推定される柑橘類(ミカンの仲間)の一つで、その原産地は長江上流地域の雲南省や四川省あたりと考えられている。柑橘類の中では最も耐寒性に優れ、日本では東北地方でも栽培ができる。各地に柚野とか柚木なる地名があるが、これはかつてユズを栽培していたとことを証している。

 十八年は大げさだが、実生から育てれば実なりまでに十五年はかかるらしい。普通は接木で増やす。柑橘類の芳香を嫌う人は少ないだろう。昔から珍重されるタチバナも柑橘の一つで、これもその芳香が尊ばれた。ユズは初夏に開花し、白色の花弁をもつ花が葉の腋にひとつ着く。実は7月下旬から八月上旬には膨らむ。柚酸や薬味にするにはこの頃に収穫する。いまはユズの果肉からつくるジャムが人気らしい。ユズ味噌も評判がよい。古くからあるのが柚べしで、各地に名物がある。

 はじめは緑だったユズの実が、黄金色に色づくのは晩秋で、柿にやや遅れて実りの秋を飾る。完熟に近づくと共に酸味は薄くなるが、これは柑橘類に共通する性質で、未熟のうちは酸味がきついレモンも熟せば酸味が薄れる。冬至も近まり、朝晩の冷え込みも厳しさを加えた庭先や道端に黄金色に輝くユズは、大いに人目を引く。収穫の秋に実るユズが農耕の儀式にも強く結びついているのは納得がいく。ダイダイ(橙)と同じようにお供え餅に載せ、また門飾りに用いる地方もある。冬至にはこれを湯に投じた薬湯の風習が全国に広がり、東京のような都会の銭湯でもそれは習慣になっている。

 ユズの語源は柚酸だという。中国でもその酸味が重用された。特に、桃と同様に重要な悪阻の特効薬であったということだ。また、多量のビタミンを含むことから、強壮剤ともされたという。

 ユズの実は薬味として一度に使いきるには大き過ぎる。徳島県のスダチ(酸橘)、大分県などのカボス(香母酢柚)などは、ユズを片親とする雑種と考えられ、いずれも果汁を調味に用いるが、いずれもユズよりは小振りで使い勝手のよさが受けている。

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Profile:

東京大学名誉教授
理学博士
大場 秀章 先生
(おおば ひであき)
東京大学名誉教授。植物分類学の権威であり、ヒマラヤに生育する植物研究の第一人者の大場秀章先生が、植物に関する興味深いコラムを毎月お届けします。大場秀章先生には、当社の緑育成財団が支援している「ネパールムスタン地域花卉資源発掘調査」の中心メンバーとしてご指導いただいています。