大場秀章先生の「草木花ないまぜ帳」 |
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テーマ: ヒイラギ |
東京では節分にヒイラギの枝に鰯の頭を刺したものを玄関や門口に立てておく。これは全国的なものだろうか。 ヒイラギの名は古くから登場する。有名なのは『古事記』で、倭建命の東征に当たり天皇が「比比羅木の八尋の矛」を送った話である。ヒヒラギの名は古くから日本にあったと考えられる。時代は下がるが、『土佐日記』に元日の湊泊りに、都の家々の門の注連縄に結んだ「なよし」の頭や、ヒイラギのことを懐かしむ一節がある。ナヨシとはボラのことで、古い時代は鰯ではなく、ボラが用いられていたらしい。 ヒイラギの葉には鋭い刺があって触ると痛い。ヒイラギの名前自身が疼ぐ、つまりヒリヒリすることに因るとの説がある。つまり、触ると痛くて疼ぐ(ヒリヒリする)木である、「疼ぐ木」が詰ったという説だ。 昔、節分に悪鬼を払うのが大事なことは今以上であっただろう。どうしたら、鬼が嫌がって入らないか、を考えたのは当然である。ヒイラギに鰯の組合せは、痛くて臭いことを鬼が嫌うという推測によっているのだろう。臭ければボラの頭でも鰯の頭でもよかったから、ボラが途中で鰯に変った、といえるかも知れない。 ところが節分に用いた木も昔はヒイラギではなかった。トベラが使われたのである。トベラは庭園の植え込みなどに普通にみられるが、自然状態では海岸の風衝地に広く野生している。この枝や葉には何ともいえぬ悪臭があるが、火で燃やしたときのひどさは我慢ができぬほどひどい。いまでもかまどの神様の三宝荒神がこれを嫌うことからきた、「お荒神さん嫌い」という方言が伝わっている。昔は節分の夜にトベラを家の扉に挿したのである。さらに古い時代は実際に焼いたのかも知れない。トベラという和名も扉(トビラ)から来ているのだ。そこで考えられることは、鬼は臭いものを嫌うと考えられたのだろう。次第に痛いものも嫌うという考えがこれに付け加わった。トベラの臭い退治の役は魚の頭で代用され、痛いものとしてヒイラギが用いられるようになったのだ、と私はみている。 刺の鋭いヒイラギだが、刺のあるのは若いうちだけなのをご存知だろうか。ヒイラギも老木になると、葉から刺が消えうせてしまう。何やら人の成長にも喩えられるような現象である。ヒイラギは冬に向かって花咲く。花が少ない冬に咲いてくれることだけでも貴重なのに、とても香りがよい。可憐な白い花からえもいわれぬ澄んだ芳香が伝わってくるのである。 ヒイラギはモクセイ科の木で、キンモクセイやギンモクセイとは同じモクセイ属の植物である。その香りが類似しているのは血縁的なものでもある。因みに学名はOsmanthusheterophyllusで、本州以西から台湾に至る地域に分布する。老木になれば樹高も八メートルにもなる。 |
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