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大場秀章先生の「草木花ないまぜ帳」
 
 
テーマ: アジサイ

アジサイ  新緑も過ぎると、それまであれほど待ちどうしかった木々の緑にも急に鬱陶しさを覚える。身勝手なものだが、それだけ鋭敏に自然に感応しているともいえる。

 春先は花も紅や黄色など色とりどりだったのが、これも新緑を過ぎると急に白一色に変じる。一色は大袈裟だが、白色の花が目立つことは疑いない。ウツギ、ヤブデマリ、ガマズミ、ミズキなどがそうだ。林の中に目を転じるとそこにはアジサイがある。

 白一色のそれも濃い緑を背景にアジサイの花は際立ってみえる。アジサイの花は風変わりだ。ガクアジサイのような野生種が判りやすい。たくさんの花が枝先に集まり、大きな花序をつくる。その花序の周辺にある花はそれに囲まれた内部にある花とかたちが違う。周辺部の花は萼片が花びら様になり、あたかも花序全体を飾る額縁のようでもある。この花はふつう装飾花と呼ぶ。装飾花に囲まれた中心に小さな花がたくさんある。こちらこそが雌雄蕊の揃った普通の花であって、普通花あるいは完全花という。アジサイは普通花までが装飾花に変じてしまった園芸品というわけだ。

 植物学でいうアジサイの仲間にはいくつかの種や変種がある。まず、房総半島から三浦半島、伊豆半島、伊豆諸島などにはガクアジサイが分布する。この種から生まれた園芸品が狭義のアジサイである。小笠原諸島でも最南端に位置する南硫黄島にガクアジサイがある。冬、種子がシベリアからの季節風に乗って運ばれ定着したのだろうか。

 ガクアジサイが分布しない地域にはヤマアジサイがある。この種にもいくつかの変種がある。北海道南部から本州、九州にかけての日本海側にあるのがエゾアジサイだ。九州では宮崎県を中心に分布するヒュウガアジサイ、伊豆半島には葉が狭く、噛むと甘味のあるアマギアマチャがある。かつては甘茶用に栽培もされたアマチャもヤマアジサイの変種だ。ヤマアジサイにもほとんどの花が装飾花となった型があってマイコアジサイの名がある。ヒメアジサイはエゾアジサイのアジサイ型である。

 アジサイが分類されるアジサイ属は中国を中心とした東アジアと北アメリカの一部に隔離的に分布する。アジサイ属は属名をHydrangeaといい、これを英語読みした名称がハイドランジェアである。その意味はヒドロゲイオン(hydrogeion)と呼ばれる古代ギリシアの水瓶のことで、最初に発見されたカシワバアジサイの果実のかたちがこれに似ていたことに因む。目下、ハイドランジェアといえばオランダなどで作出されたアジサイに由来する園芸品をいうらしい。

 江戸時代に来日したシーボルトはことのほかアジサイに関心を寄せたふしがある。自からアジサイ属についての論文を書き、さらに一番見栄えのする園芸品にHydrangeaotaksaという学名を与えた。otaksaとは彼の妻、通称「お滝さん」に因んだ名前である。

 シーボルトに限らずアジサイはヨーロッパで珍重された。ヨーロッパにはアジサイ属の植物はまったくないからだろう。アジサイといえばいまでも多くの日本人にとっては梅雨の花である。淡いパステル・カラー的な花色は梅雨模様の中で一際明るい。一方、ハイドランジェアに名を変えたアジサイはいかにもモダンな外来の園芸植物に思えてしまう。名前によってこうもイメージが変わるものかと驚くばかりだ。

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Profile:

東京大学名誉教授
理学博士
大場 秀章 先生
(おおば ひであき)
東京大学名誉教授。植物分類学の権威であり、ヒマラヤに生育する植物研究の第一人者の大場秀章先生が、植物に関する興味深いコラムを毎月お届けします。大場秀章先生には、当社の緑育成財団が支援している「ネパールムスタン地域花卉資源発掘調査」の中心メンバーとしてご指導いただいています。