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大場秀章先生の「草木花ないまぜ帳」
 
 
テーマ: タンポポ

タンポポ  タンポポというと、道端や空き地一面を鮮やかな黄色で塗り尽した開花時の様子が目に浮ぶ。大人がいうには気恥ずかしい幼児言葉ぽい名前もさして気にならない。

 いま園芸はブームだが、江戸時代にも園芸ブームが何度かあった。しかし、江戸時代は、外国からの園芸植物導入が難しかったこともあって、日本の野生植物の園芸化がと試みられた。雑草の代表ともいえるオオバコもタンポポもその対象となってのである。『本草図譜』を著した岩崎灌園は、紅色の花びら(舌状花)や褐色あるいは紅紫色の萼(総苞)をもつタンポポの園芸品種を図示している。

 タンポポは日本にも多くの野生種があるが、ヨーロッパにも多数の野生種がある。そのひとつがセイヨウタンポポで、フランスなどではその葉をサラダにするため栽培される。私も好きで食べるのだが、野生のタンポポの葉を口にしたときの激しい苦味はほとんどない。タンポポはキク科の植物だが、キクやコスモス、ヒマワリよりもサラダにされるレタスやチコリに類縁が近い。
タンポポは8本の染色体が一組となり、遺伝情報を担っている。これを基本染色体数と呼ぶ。卵細胞のような生殖細胞はこれを一組だけもつが、ふつうの細胞(これを体細胞という)では二組もつ。だから染色体数が最も少ないタンポポでも、体細胞には8の2倍である16本の染色体があり、このような種は二倍体と呼ばれる。

 二倍体のタンポポのほとんどは正常な受精を経て種子を形成する。ところが、タンポポでは、基本染色体数のセットを三組以上もつ種(これを高次倍数体という)というものもけっこうある。その多くは、正常な種子づくりができない。卵細胞の方は正常なのだが、正常な花粉ができないためである。それがゆえにと考えられているのだが、卵細胞は受精することなく種子をつくってしまうのである。つまり父性の介在なしの種子づくりだが、このような特殊な生殖を、ふつう「単為生殖」と呼んでいる。遺伝子のレベルでこれをみると、子は母親と変わりなく、母親のコピーがどんどん広がるだけなのである。

 いまタンポポが多くの人の関心を集めている問題のひとつに、もとから日本にあった「在来」組と新たに渡来してきた「外来」組との間に起こる諸現象がある。日本では、関東のカントウタンポポ、関西のカンサイタンポのように、各地に二倍体の在来タンポポが自生していたが、外来タンポポが大繁茂するなかで、それが目に付かなくなった。すぐに外来タンポポによる在来種の駆逐というシナリオが登場したが、それは誤りで、人間が「植物相を単純にしてしまった土地」に外来種が進出し、大繁殖したというのが実情である。バブルの崩壊で各地に広がった遊休の更地は、まさに人間が植物相を単純にしてしまった典型的な土地であり、そこに外来タンポポが大繁茂したのである。

 外来タンポポとは巧い名前だと思う。というのは、これまで日本でセイヨウタンポポと称されてきたタンポポは決してひとつのかたちには収まらないからである。現に東京周辺には総苞片が反転しない外来タンポポもあり、在来種との区別がまぎらわしい。日本の外来タンポポはヨーロッパから来たと記す文献も多いが、果たして本当だろうか。仮にそうだとしたら、ヨーロッパから記載された千を超すどの種とどの種に当たるのだろう。何種が渡来しているのだろう。また、在来種との間に雑種が形成されているという説もある。

 外来タンポポの大繁茂は、なにも日本だけのことではない。これを人間活動と共存して生きる植物の生き方といえると思うのだが、まだ判らないことも多い。タンポポは植物学者にとっても興味の尽きない植物なのである。

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Profile:

東京大学名誉教授
理学博士
大場 秀章 先生
(おおば ひであき)
東京大学名誉教授。植物分類学の権威であり、ヒマラヤに生育する植物研究の第一人者の大場秀章先生が、植物に関する興味深いコラムを毎月お届けします。大場秀章先生には、当社の緑育成財団が支援している「ネパールムスタン地域花卉資源発掘調査」の中心メンバーとしてご指導いただいています。