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大場秀章先生の「草木花ないまぜ帳」
 
 
テーマ: クロッカス

クロッカス  春の訪れが待ち遠しい。大半を季節変化に乏しい東京で暮らしている私でさえそうなのだから、雪国や寒さの一層きびしい地域に暮らす人にとって、それはなおさらだろう。

 春の訪れで思い出す色々な木や草のひとつがクロッカスだ。庭や鉢植えのクロッカスの鮮やかな黄色の花ほど春を告げるのにふさわしい花はないのではないか、と思っている。

 サフランとクロッカスはよく似ているけれどどこが違うのか、とよく聞かれる。この答えはややこしく、実は正しい答えは三つになる。答えのひとつ目はクロッカスは属名(Crocus)でサフランはその属名の日本名、二つ目はサフラン属の春咲き種がクロッカスでサフラン(Crocus sativus)を主とした秋咲き種がサフラン、そして三つ目はクロッカスは属名または総称名でサフランはその一種、ということになる。最後のものは、例えればイヌとポメラニアンの違いというのに似ている。

 クロッカスはアヤメ科の単年草、サフラン属の属名で、その名はセム語でサフランをいうkarkomを起源にもつギリシア語名krokosにもとづく。植物名としては最も古い起源をもつもののひとつといわれている。サフランは香料や鮮黄色の染料として西アジアから中近東を経て地中海世界では古代から欠かせない植物であった。クロッカスの名前は古いセム語が起源であるが、サフランの方はアラビア語のzafaranから来ている。

 サフランは子房が花被片の位置よりもどちらかといえば球茎よりにある。そのため葉が周りを囲む茎の中心を花被片の位置にまで伸びる長い花柱をもっていて、しかも花柱は先端部分で三つに枝分れする。この枝の部分が鮮やかな紅色をしている。この花柱の枝を集めて乾燥させたのが染料あるいは香料に使うサフランである。

 鮮黄色の染料やカレー粉の主原料として有名なウコン(Curcuma longa)はサフランとは無関係のショウガ科の植物であるが、その属名のCurcumaはクロッカスと同源の語であるのはすぐ判る。もともとカレー料理の色づけにはサフランが用いられていた。しかしサフランはたった1グラムを得るのに120もの花が必要でとても高価だった。一方、ウコンは根茎から多量にとれ、サフランと比較にならないほど安く入手できた。というわけでカレー料理では次第にサフランに代わりウコンが用いられることになったのである。カレーばかりでなく、染料としても、たくあん漬もウコンを使う。

 球茎とは耳慣れない言葉だが、茎そのものが短縮して球状になった茎である。ユリやタマネギのように地下茎の周囲に養分を貯めた葉が多数群がって球形に配する鱗茎、いわゆる球根とは異なる。

 クロッカスの仲間にはおよそ80種があり、地中海地域から西アジア地域に分布している。どの種もサフランによく似ているが、花色は黄色や白色、ときには濃い紅紫色になるものなどがある。日本に自生する種は皆無だが、数種が移入され栽培されている。その他、かなりの交配由来の園芸種や栽培品種が栽培されているが、サフランを除き多くの場合は種名や園芸品種名が明示されることなく、単にクロッカスと呼ばれている。その理由は園芸用に栽培されているクロッカスはほとんどが複雑な交配から選抜されたもので、しかも古くから存在するものでは多くが両親種さえ何かはっきりしないことによる。

 春咲きで黄色の花のクロッカスは、クロクス・アンキレンシス(Crocusancyrensis)やクロクス・クリサンツス(Crocus chrysanthus)、あるいはそれらや他種との交配に由来する園芸品種が多い。また、ダッチ・クロッカス(Dutch Crocus)という大きめの花をもつ園芸種にはとくに園芸品種が多い。ヨーロッパの山岳地域に自生する春咲き種クロクス・ウェルヌス(Crocusvernus)はその片親といわれている。クロクス・ビフロルス(Crocusbiflorus)は白や淡紫色の花をもつ種で、変異が幅広い。

 クロッカスの分類では花柱の数や雄しべとの相対的な長さといった花の特徴も重要だが、球茎のかたち、さらには網目状のもの、縦方向に繊維が並ぶもの、紙質で縦方向に並ぶ繊維があるもの、網目状や繊維状にならないものなどが区別できる球茎を包む外皮の形状も重要である。

 春のヨーロッパではよくクロッカスを目にする。多くは栽培から逃げ出したものだろうが、公園でみたクロッカスがどの種に当たるのか、一度図鑑で調べたことがあった。しかし判らず終いだった。栽培の歴史の長い植物には一筋縄にはいかないものが結構ある。

 クロッカスの花を春一番のりで見つけると職場ではちょっとしたニュースになる。帰り道は少し遠回りしてもその場所に足を向けたくなる。普通そこには何人か先客がいて、花を囲んで談義している。クロッカス談義に加わっている市民はみんな大の花好きの面々だから、話は尽き無い。ハブにまで繰り出す延長線もあるという話だった。

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Profile:

東京大学名誉教授
理学博士
大場 秀章 先生
(おおば ひであき)
東京大学名誉教授。植物分類学の権威であり、ヒマラヤに生育する植物研究の第一人者の大場秀章先生が、植物に関する興味深いコラムを毎月お届けします。大場秀章先生には、当社の緑育成財団が支援している「ネパールムスタン地域花卉資源発掘調査」の中心メンバーとしてご指導いただいています。