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大場秀章先生の「草木花ないまぜ帳」
 
 
テーマ: ワラビ

ワラビ  春の喜びのひとつは山菜採りという人は多い。気温の上昇とともにじっとしてはいられない気分に襲われる。山菜といっても色々だが、全国的に人気があるのはワラビではないか。

 日本には500種以上のシダ植物があり、種の区別は容易ではないが、ワラビは芽生えを見ただけで他のどの種からも容易に区別がつく。誰でもが間違えることなくワラビの芽立ちを摘むことができる。

 シダ植物であるワラビは種子ではなく、肉眼では見えない微小な胞子で殖える。胞子は発芽して前葉体になり、それに精子と卵が造られ受精して新しい個体が生まれる。ワラビの前葉体は全長が1cmにも満たないハート型をしており、しかもからだをつくる細胞がたった一層しかないという、脆弱なものだ。直射日光に晒されでもしたらたちどころに乾燥して死に絶えてしまうしろものなのだ。

 すこしややこしいが、シダ植物は胞子を生み出す胞子体と、胞子体を生み出す配偶体が、独立に存在している。私たちが日常に見ているのが、胞子を造る胞子体の方で、配偶体を見たことのある人はほとんどいないだろう。胞子体はワラビのように丈夫な体のつくりをしており、直射日光に晒されても配偶体のように枯れたりはしない。

 ワラビがよく生えるのは草原か日当たりのよい浅い林である。そんな場所ではたして前葉体は生きていけるのだろうか。これを不思議に感じた学者がいた。ニュージランドの植物学者である。ワラビは日本だけでなく世界中に広く分布しているが、日本以外でワラビを食用とする地域は少ない。ニュージランドではワラビは食べないどころか、羊の放牧にとって厄介な雑草であり、駆除に躍起になっていた。駆除を目的にワラビの研究がニュージーランドで進んだのである。

 彼は、ワラビの胞子は草原に隣接する林下で発芽し、前葉体が造られることを突き止めた。前葉体での受精が完了し新しい個体が誕生すると、その個体はしばらく林内で生長を続ける。ワラビの地下茎はとても長くはう。その後にワラビは草原に進出して大繁茂を遂げるというわけだ。

 昔はこの地下茎から澱粉を採って、ワラビ粉にした。それはともかくワラビは、直射日光に堪えられない配偶体世代とそれが生長に有利は胞子体世代の成育の場を住み分けているのである。私たちは、植物が自らは動けないものだという印象をもつが、ワラビのように結構ダイナッミクな暮らしをしている植物もあるのだ。

 ワラビは若芽とはいえかなりアクが強く、灰汁でしっかりとアク抜きすることが重要だ。人間はアク抜きをすることでワラビのようにアクの強い植物を食べることができるが、人間以外の動物はどうなのだろう。アクなど気にならないのだろうか。草原のワラビをみると虫喰われも少ない。おそらく 強いアクが芽立ちを動物の餌食から護っているのだろう。人間だけがアク抜きという技術をもつことでワラビも食べることが可能となったといえよう。

 それにしても日本人のワラビ好きはたいへんなものである。ワラビを人工的に栽培するためのハウスや畑さえある。九州ではワラビ採りのためにわざわざ山に火入れを行い、ワラビの数を増やしているとのことだった。ワラビ畑は世界広しといえどもあるのは日本だけではないか。

 最後になったが、ワラビはワラビ科のシダ植物(シダ類)で、学名はPteridium aquilinum。属名のPteridiumは、シダ類をいうギリシア語のpterisの縮小語に由来する。種小名のaquiliumは鳥のワシaquilaのようなという意味である。ワラビの芽立ちをワシの足に見立てた命名だろう。

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Profile:

東京大学名誉教授
理学博士
大場 秀章 先生
(おおば ひであき)
東京大学名誉教授。植物分類学の権威であり、ヒマラヤに生育する植物研究の第一人者の大場秀章先生が、植物に関する興味深いコラムを毎月お届けします。大場秀章先生には、当社の緑育成財団が支援している「ネパールムスタン地域花卉資源発掘調査」の中心メンバーとしてご指導いただいています。