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大場秀章先生の「草木花ないまぜ帳」
 
 
テーマ: カタクリ

カタクリ  今年は各地で大雪に見舞われた。温暖化の影響でこのところ年々積雪が減っていたので意外な印象を受ける。しかし大きくみると大雪の来襲は周期的であるということだ。自然界ではこうした周期的な変化がいろいろなところでみられる。周期といってもぐっと短いものだが、樹木の開花や結実もそうだ。

 雪の過多は植物にも影響する。大雪の年は開花や開葉がぐっと遅れる。春の訪れで真っ先に私が思い浮かべるのはカタクリだ。大雪の年、カタクリは雪の下でその遅れを堪えている。まだところどころに残雪が残る頃、カタクリは地上に姿をみせるやいなや急速に生長する。残雪の多い年は、開花・開葉は遅れるが、葉は大きく艶もあり強壮な感じがする。

 カタクリの仲間(カタクリ属)はおよそ20種あって、北半球の温帯地域に分布する。日本には1種カタクリが産するだけである。学名はErythronium japonicumで、属名Erythroniumは赤いを意味するサンスクリット語起源のギリシア語で、ヨーロッパ産種が赤い花をもっていることに因んでいる。なお種小名japonicumは日本産の意である。

 カタクリはユリ科の多年草で、地中に筒状をした鱗茎をつくり、その中心から1茎が出て2つの葉が対生状につく。しかし、花をつけない若い株では葉はひとつしかない。カタクリは何年もかけて生長していくのだが、開花まで10年近くかかるともいわれている。葉には長い柄があるが柄は地中に埋まっていることが多く、地上には楕円形をした葉身の部分だけが展開しているようにみえる。葉は軟らかく、表面は白味を帯びた淡緑色で赤紫色の斑点が散在する。

 カタクリが地上に姿を現すのは早春で落葉林では樹木の開葉前である。まさに、春の訪れを告げる使者ともいえよう。葉が伸びだすとすぐに蕾をつけた柄が伸長し始める。ひとつの株につく花はたったひとつで、6つの花弁をもちユリの花を想わせる。花弁は淡い紅紫色をしており、下向きに咲き、次第に花弁は外側に反り返る。反り返った部分の基部をみると紫の斑紋がみられる。花弁に囲まれるように雌しべと雄しべが花の中央から外に突き出している。

 カタクリの花の頃、森や林の中は静寂が支配している、というのが私の印象である。その静かな空間をギフチョウが飛び交う。雌しべと雄しべの束に捉ってカタクリの花蜜を吸っている。木漏れ日のある空間ではときに静寂を破る音がする。そこではマルハナバチが大きな羽音を出し忙しくカタクリから蜜を吸っている光景に出会う。

 まだ花が少なく昆虫の餌になる蜜や花粉に乏しい早春、カタクリは昆虫たちにとって貴重な栄養源になっている。昆虫はせわしなくカタクリの蜜や花粉を採取している。けっして静寂ではないはずなのだが、そう思うのは静かにゆっくりと行き交う華麗なギフチョウのためか。

 日本海側の多雪地域ではカタクリが林床などに群生して生えていることが多い。山菜として利用されている。10年近くもかかって生長したカタクリを食するのは気が引ける。ぜひ個人使用に止めていただきたいものだと思う。カタクリといえば片栗粉だが、商品の片栗粉のほとんどはジャガイモなどから製したデンプンである。

 野生植物の絶滅が心配されてからもう大分経つ。どこにでも普通にあったカタクリの絶滅が危惧されるような状況はぜひとも回避したいものである。

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Profile:

東京大学名誉教授
理学博士
大場 秀章 先生
(おおば ひであき)
ヒマラヤに花を追う-秘境ムスタンの植物- 2005年2月4日、大場秀章先生が中心メンバーの調査チームがネパール王国のムスタン地域で行った現地踏査の成果をまとめた著書「ヒマラヤに花を追う-秘境ムスタンの植物-」の出版を記念して、講演会が開催されました。
東京大学名誉教授。植物分類学の権威であり、ヒマラヤに生育する植物研究の第一人者の大場秀章先生が、植物に関する興味深いコラムを毎月お届けします。大場秀章先生には、当社の緑育成財団が支援している「ネパールムスタン地域花卉資源発掘調査」の中心メンバーとしてご指導いただいています。