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大場秀章先生の「草木花ないまぜ帳」
 
 
テーマ: タチアオイ

カタクリ  タチアオイが都会に増えたように思う。これはまったく私の個人的な印象だが、温暖化に強く結びついている。それはちょうどそのことに気がついたのが地球温暖化のことが心配されはじめた時期に重なるからだろう。

 タチアオイは長らく中国原産とされてきた。しかしタチアオイの仲間、タチアオイ属には50種ほどが属するが、それらの種はヨーロッパから中央アジアに分布し、中国に産する野生種はないこと、またタチアオイの野生株が知られていないことから、古くからこの考え方を疑問視する声があった。現在ではヨーロッパ産のAlcea pallidaとクレタ島とトルコに産するAlcea setosaという野生種の交配に由来する栽培種ではないかとの考え方が、有力視されている。

 学名はAlcea roseaで、属名はこの植物を指すと思われる古いギリシア語名に由来する。種小名のroseaはバラまたはバラ色のという意味。Althaea roseaという学名を用いる説もある。

 越年草または多年草で、茎はふつう分枝せず、直立して高さは3メートルにもなることがある。全体が毛に被われている。葉は互生し、大きく心臓形で、先端部分が5から8裂し、裂片にも鋸歯がある。

 茎の上方の葉は小さくなりかつやや接して着くようになり、それぞれの腋に1つ、まれに2つずつ花を生じるため、花序は豪華で見栄えがする。花は整った放射相称で、横向きからやや下を向いて開き、茎の下方から順次上方へと咲いていく。

 話は変わるが、アオイという語尾をもつ植物がいろいろある。そのひとつの系統はカンアオイ、フタバアオイなどのカンアオイの仲間(ウマノスズクサ科)の植物で、これとタチアオイは系統上の関係も薄いし、外見もまったく異なる。フユアオイ(単にアオイともいった)やハナアオイ、ビロウドアオイ、トロロアオイはいずれもタチアオイと同じアオイ科に分類される。テンジクアオイやキクバテンジクアオイはフウロソウ科の植物である。このようにアオイの名前が付く植物は大きく3つの異なる科に分類される。どうして科も異なる植物にアオイの名前が与えられたのだろうか。その理由はいずれの植物もアオイ(フユアオイ)に葉が似ていると考えられたためだ。

 日本ではアオイに葵の漢字を用いる。この字が指す植物はフユアオイである。加茂神社の葵祭りは全国的に有名だが、その祭祀に用いるのはウマノスズクサ科のフタバアオイである。フタバアオイの語源はアオイに似た葉を必ず2つもつことによっている。徳川家の家紋である「みつばあおい」はフタバアオイにもとづいている。今日の目ですれば植物学者でなくとも誰もフタバアオイの葉がフユアオイに似ているとは想わないと思うが、名称は一端定着してしまうとそれ自体が独り歩きしてしまう。それに江戸時代での「アオイ効果」は、テレビドラマの水戸黄門ではないが、相当に大きかったのではないだろうか。

 タチアオイは古くに中国から渡来した。漢名は蜀葵で、三国志で劉備や諸葛孔明が活躍したことで知られる蜀の国(今の四川省)の葵という意味である。昔は単にアオイともいったと、牧野富太郎は書いている。

 大きく育つタチアオイに鉢植えは向かない。また、園芸では一年草として利用することが多く、種子を春に直播きにする。多数の園芸品種があり、花色もピンク、クリーム、黄色、濃紅紫色などさまざまである。半八重咲きの花も開くマジョレット、八重咲きのサマー・カーニバルなど園芸品種も作られている。青空が似合う植物だ。

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Profile:

東京大学名誉教授
理学博士
大場 秀章 先生
(おおば ひであき)
ヒマラヤに花を追う-秘境ムスタンの植物- 2005年2月4日、大場秀章先生が中心メンバーの調査チームがネパール王国のムスタン地域で行った現地踏査の成果をまとめた著書「ヒマラヤに花を追う-秘境ムスタンの植物-」の出版を記念して、講演会が開催されました。
東京大学名誉教授。植物分類学の権威であり、ヒマラヤに生育する植物研究の第一人者の大場秀章先生が、植物に関する興味深いコラムを毎月お届けします。大場秀章先生には、当社の緑育成財団が支援している「ネパールムスタン地域花卉資源発掘調査」の中心メンバーとしてご指導いただいています。