大場秀章先生の「草木花ないまぜ帳」 |
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テーマ: トケイソウ |
子供の頃、何かの読み物にトケイソウの名があった。時計草だろうと想像したが、時計と植物の組合せが理解できず、子供なりに頭を悩ましたことを思い出す。 トケイソウの名は時計の文字盤のように水平に並ぶ花びら(花冠)と針のように文字盤から突き出した雄しべと雌しべのかたちから名付けられたものだ。日本には江戸時代の享保年間(1716-1735)に渡来した。 学名はPassiflora caeruleaという。属名のPassifloraはラテン語のpassioと花をいうfloraからなる。passioは「苦しむ」あるいはキリストの「受難」を意味する。平らに開くその花や花冠などの配置が磔になったキリストを想わせるのであろう。一方、「苦しむ」の意味からその語源を「病いの花」だとする意見を唱える人もいる。英名はラテン語に由来するpassionflowerである。 トケイソウ属はアメリカ大陸の熱帯から温帯に430種、太平洋諸島とインド・マレーシア地域に20種を産する、実に多様性が高いグループで、鑑賞や果実用に栽培されているのはごく少数の種に過ぎない。 トケイソウそのもの、すなわちPassiflora caeruleaはペルー、ブラジルが原産地である。つる性の常緑低木で、普通は温室で栽培する。明治20年に出版された帝国大学植物園植物目録(大久保三郎編)にもトケイソウの名があり、その頃小石川植物園で栽培されていたことが判る。 葉のつけ根から出るつるに助けられ、茎は他のものにからんで伸びる。トケイソウのつるの特徴は枝分れしないことである。葉は互生し、柄があって葉身は手のひら状に5つの裂片に深く裂ける。常緑で、しかも硬い草質をしている。 トケイソウの魅力は何といっても花だろう。10個ある白色の花びらのうち本来の花弁は5つで、残りの5つは萼片である。花びらの上部に雄しべの花糸のようにもみえる細い糸のようなものが多数ある。このような構造物をもつことがトケイソウの仲間(トケイソウ科)の特徴なのである。 これを植物学では副花冠と呼ぶ。トケイソウの副花冠の色は基部が紅紫色、中ほどが白色、先はやや青みをおびた紅紫色になる。この副花冠の色彩は、種によって異なっていて、種を識別する際の大きな目印になっている。 ちなみに果実をジュース(パッション・ジュース)に利用するクダモノトケイソウの副花冠は、基部が暗紅紫色、上部が白色の2色に染め分けられているだけだ。 このクダモノトケイソウのように、トケイソウ属には果実に甘味があり、生食やジュース、ジャムなどに利用することができる種がかなりある。 トケイソウは白色の花冠をもつが、多数ある種の中には鮮紅色や藤紫色などの色合いの花冠をもつものも多い。また異なる花色をもつ種の交配で生み出された園芸種も知られている。栽培の容易な熱帯や亜熱帯地域ではトケイソウ属はかなり重要な園芸植物になっている。日本では多くの場合、温室でのみ栽培されているといってよい。 しかし、西日本の暖地ではトケイソウやチャボケイソウ(Passiflora incarnata)、それに数種の交配種が露地栽培ができる。また、濃赤色の花冠をもつPassiflora coccinea、あるいは同じく赤色の花冠をもつPassiflora alataとトケイソウとの交配種である Passiflora x alatocaeruleaなどは行灯仕立てにした鉢物を東京以西の花卉店でみかけたことがある。 トケイソウ属ではどうしても花に注目が集まってしまうが、葉の多様性も幅広く、興味深い。トケイソウのように5つに掌状に裂ける葉をもつ種も多いが、単葉でほとんど切れ込みのない葉をもつ種や、大きく2裂あるいは3つに裂ける葉をもつ種など実に様々である。 最近は園芸植物として利用される種が増えたとはいえ、それは450種もある野生種のごくごく一部に過ぎない。まだまだ多くの興味深いトケイソウの野生種がひっそりと花開き、結実するという一生を人知れずに送っていることだろう。その意味でトケイソウは大いに将来のある園芸植物といって過言ではない。 |
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