大場秀章先生の「草木花ないまぜ帳」 |
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テーマ: シュウメイギク |
中秋の頃だったと思うが、京都の郊外にある貴船の辺りを歩いたことがあった。シュウメイギクが多かった。夏の暑い京都では秋が待ち遠しい。実際にさわやかな日が多いと聞く。ちょうどそんな日だった。そのときは知らなかったのだが、シュウメイギクにはキブネギクの別名があるのだ。牧野富太郎の図鑑にはこの名が挙げられ、その名が山城貴船山に多く生えることからきていることが書いてあった。それ以来、秋になると真っ先に思い出すのがこの光景である。 シュウメイギクはキクの仲間であるような和名をもつが、キク科の植物ではなくキンポウゲ科イチリンソウ属の植物である。学名はAnemone hupehensis var. japonicaである。Anemoneはイチリンソウ属の属名で、シュウメイギクがイチリンソウ属の仲間の植物であることを示している。シュウメイギクの学名が長いのは、シュウメイギクがAnemone hupehensisという学名をもつ中国産の野生種の変種として扱われているからである。var. japonicaがシュウメイギクがその種の変種であることを指している。日本を意味するjaponicaという名を与えたのは、最初に『日本植物誌』を著したスウエーデンの植物学者ツュンベルクである。 イチリンソウやそれに類したニリンソウ、キクザキイチゲ、ユキワリイチゲなどはいずれも早春から初夏に花咲き、しかも可憐な趣きがあり、すぐにはシュウメイギクが同じ仲間の植物であることを理解しがたい向きも多いのではないだろうか。事実、ツュンベルクもシュウメイギクをイチリンソウの仲間とはせずに今はセンニンソウ属(Clematis)と同一とされるAtrageneという属の植物として記載したのだった。 イチリンソウの仲間の植物の花は単花被花といって、花弁がない。だから花弁状になってはいても、それを花弁とはいわず萼片と呼ぶ。シュウメイギクはふつう三十枚近い萼片をもつ。その弁片の多さが菊花のような印象を与えるのである。イチリンソウ属植物の萼片の数は、二十枚にもなるユキワリイチゲのような例外を除くと、ふつうは五から七であるから、これは雄しべの一部が弁化した八重咲き花であると理解することができる。中国に産する基本変種hupehensisは五または六枚の萼片をもつ一重咲きであり、シュウメイギクは偶然生じた八重咲きの株を鑑賞のために栽培化したものだろう。それが古くに日本に伝わり、栽培されていたのが逃げ出し、各地で野生化したのではないかと思われる。 古来からのシュウメイギクは清楚な風情が人目を引いた植物であるが、新たに作出された園芸品種の多くは花色も鮮やかで派手である。その大半はヒマラヤ原産のアネモネ・ウィティフォリア(Anemone vitifolia)とシュウメイギクの交配によって生じたものである。 深紅色の花をもつブレッシンガム・グロー(Bressingham Glow)や大輪で花色がピンクのレディー・ギルマー(Lady Gilmour)のほか、花色が白色のもの、一重咲きのものなど、様々な園芸品種が知られている。 こうして鮮やかで派手なシュウメイギクの園芸品種をみていると清楚な雨の花であったアジサイが派手で豪華な花となって里帰りしている状況が重なってみえる。同一の花に対する多くの日本人の好みが変わっていると思えてならないのだが、はたしてそうだろうか。 |
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