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大場秀章先生の「草木花ないまぜ帳」
 
 
テーマ: ミツマタ

ミツマタ  冬の寒さも消えやらぬうちにミツマタは花開く。開葉前に開花する代表的な植物のひとつといってよい。どことなく同じジンチョウゲ科のジンチョウゲに似たところのある小低木だが、たたずまいは相当ちがう。

 ミツマタの名は枝が3つに分かれることに因んでいる。学名はEdgeworthia chrysantha。属名は1812年生まれのイギリス人で同国の東インド会社に勤務し、インド地方の植物を調査・研究したエジワース(Michael Pakenham Edgeworth)に献名されたものである。種小名のchrysanthaはギリシア語で黄金を意味するchrysosと花anthosの合生による語で、黄金色の花をもつという意味である。

 中国原産で、紙の原料としてかつては広く日本中で栽培されていた。日本への渡来年代ははっきりしないが、慶長19(1614)年に製紙に利用されたことや、宝永5(1708)年に著された『大和本草』に出ていることなどから、渡来は慶長年間以前のことと推定される。

 ミツマタは今日でも証券証書や紙幣など、特定の用向きの他、最高級の和紙の原料として、ガンピやコウゾとともに栽培が続いているが、現在は鑑賞用の園芸植物としての用途がこれに加わる。また本州以西の暖地ではところどころで栽培から逃げ出し野生状態で生えてもいる。

 ミツマタの仲間(属)には他に数種あるが、まだその分類は十分に研究されていない。その1種はヒマラヤのネパールからブータンにかけて分布するガードネリ(Edgeworthia gardneri)で、この種も鑑賞目的で栽培されることがある。

 ミツマタは高さは2mにもなり、放っておくと樹形が半球形になる。伸張した枝先は夏の頃に3岐する。枝先が3つに分岐することはミツマタ以外にあまり例がなく、たいへんめずらしい。昨年私はミツマタの枝の3分岐に興味をもつ研究仲間に加わって、この分枝についての研究論文に名を連ねた。稀な分枝であるにもかかわらずこれまで納得のいく説明がなされてこなかったのである。はたして私たちの説は今後定説として受けられるものになるのだろうか。いまは反応が気がかりである。

 横道に外れたが、ミツマタの葉は枝に互生につく。暖冬の年は冬も葉は枯れずに残るが、寒さがきびしい年や地方では完全に落葉する。長楕円形あるいは披針形をしたその葉は鮮やかな緑色をしているが、裏面には絹毛を密生している。

 秋、その年に伸びた新しい枝の先端の方に着いた葉の腋から花序が現れる。花序の枝には最初葉状の苞が10個ほど着いているがすぐに脱落してしまう。枝先には頭状に30から50の花が並ぶ。これはミツマタの花に限ったことではないが、ジンチョウゲ科の植物の花には花冠がないのである。黄色の花冠のようにみえる部分は萼である。ミツマタの萼の外側は、うぶ毛のような毛に被われていて花全体がとても柔らかな感じがする。しかし、内側はまったく毛がなく濃い黄金色をしている。

 萼が濃紅色をしたベニバナミツマタなどの園芸品種がないわけではないが、園芸からみたミツマタはまだこれからの植物であるように私には思える。例えば、筒状をした萼の部分が相対的に長い株の方が花は目立つ。また、萼筒の内と外の色の差異も際立ったものの方が見ばえもよい。今後こうした特徴を少しでも強くもつ株が選抜されていくのではないあろうか。大輪のベニバナミツマタの登場も決して夢ではないと思う。ミツマタは将来が楽しみな植物といえよう。

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Profile:

東京大学名誉教授
理学博士
大場 秀章 先生
(おおば ひであき)
ヒマラヤに花を追う-秘境ムスタンの植物- 2005年2月4日、大場秀章先生が中心メンバーの調査チームがネパール王国のムスタン地域で行った現地踏査の成果をまとめた著書「ヒマラヤに花を追う-秘境ムスタンの植物-」の出版を記念して、講演会が開催されました。
東京大学名誉教授。植物分類学の権威であり、ヒマラヤに生育する植物研究の第一人者の大場秀章先生が、植物に関する興味深いコラムを毎月お届けします。大場秀章先生には、当社の緑育成財団が支援している「ネパールムスタン地域花卉資源発掘調査」の中心メンバーとしてご指導いただいています。