大場秀章先生の「草木花ないまぜ帳」 |
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テーマ: クレマチス |
春から初夏は気が休まる暇もないほど競うようにたくさんの植物が開花する。開花には積算温度や最高気温、日長などが関係しているが、種によって開花を促す要因は異なっている。なので毎年同じ順番で開花が進行していくとは限らない。 昨冬からのように例年とはちがう天候に見舞われた今年は開花の順番がかなりずれた。こうした反応のちがいは、身のまわりの植物でも起きていて長年観察しているとそれがよく判る。 最近人気の園芸植物にクレマチスがある。突然日本の園芸市場に登場した外来の植物のような顔をしているが、多くの園芸品種にはテッセンとカザグルマというアジア産種の遺伝子が導入されている。 クレマチスという名前はキンポウゲ科に分類されるセンニンソウ属の属名Clematisに由来している。センニンソウ属の植物はほぼ世界中に分布しており、およそ250種が知られている。属名のClematisはギリシア語でブドウのつるをいうklemaという語からきたといわれている。 多数の種を含むセンニンソウ属はふつう10のグループ(節)に分けられる。園芸に利用される種は、新しく伸長した枝に花を単生し、無毛の雄しべをもつことで特徴づけられる、カザグルマ節に分類される。また、ほとんどすべての園芸品種は、このカザグルマ節に分類される種同士の交配によって作出されたものである。 こうした交配が行われる以前のヨーロッパでは地中海地域原産で青や青紫色の大きめの花をもつクレマチス・ウィティケラ(Clematis viticella)が広く栽培されていた。一方、日本ではカザグルマ(Clematis patens)と桃山時代には確実に伝わっていた中国原産のテッセン(Clematis florida)が盛んに栽培され、園芸品種も作出されていた。1800年代前半にクレマチスの園芸品種も作出されていたのは日本だけであった。 江戸時代にオランダの商館員として来日し、日本の植物をヨーロッパに広めたシーボルトもカザグルマとテッセンには大きな関心を寄せ、その紹介に努めた。日本と中国の園芸植物をイギリスに導入するためやってきたフォーチュンは中国のニンポー(寧波)からテッセン、カザグルマ、同じくカザグルマ節のクレマチス・ラヌギノサ(Clematis lanuginosa)などを移出した。 19世紀も後半になるとヨーロッパでは種間交配が育種技術として普及し、クレマチスでもフォーチュンのもたらした種を在来種と交配した新しい園芸品種の作出が試みられた。その結果誕生したのが、ジャックマンにより1862年に発表されたクレマチス・ジャックマニイ(Clematis x jackmanii)である。これがクレマチスでの最初の交配種誕生であり、彼の功績を讃え種小名が彼に献じられた。 クレマチス・ジャックマニイはヨーロッパ産のクレマチス・ウィティケラと中国産のクレマチス・ラヌギノサの交配種であったが、後にはテッセンやカザグルマも交配親に加わり、今日見るような多様な園芸品種の誕生につながった。 ジャックマンが活躍していた1870年代はクレマチスが大人気だった。その時代をクレマチスの第一次ブームと呼ぶなら、現在は第二のブームであるといえよう。 もともと江戸時代に見事なカザグルマの園芸品種を生み出して日本は、クレマチスの園芸文化が世界にさきがけて花咲いた国である。しかし、明治時代になり伝統的な園芸品種の愛好が廃れ、それにより貴重な園芸品種が消滅したことが惜しまれる。 季節には紅、ピンク、紅紫、紫、白など、色とりどりの大輪の花が咲き競う。クレマチスには先にも述べたように250もの野生種があり、園芸化のための遺伝子資源は実に豊富だ。今までとはまったく異なる、それこそ度肝を抜くような新しい園芸品種の誕生も夢ではない。第二のアジサイあるいはバラになる可能性をクレマチスは秘めていよう。 |
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