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大場秀章先生の「草木花ないまぜ帳」
 
 
テーマ: ライデンと植物 -2

運河とセイヨウボダイジュ オランダは園芸世界の最先端を歩む国のひとつである。チューリップの見本市で有名なキューケンホフもライデンからそう遠くない。王宮のあるハーグもライデンから車で30分も距離で、その間には広大な敷地を誇る裕福な人々のお屋敷が続いている。

 それに較べるとライデンの佇まいは質素そのものといえる。郊外に続く新しい道路や新開地を別にすると邸宅と呼べる庭付きの家々は少なく、石畳が続くライデンの旧市内は街路樹さえ少ない。並木と呼べる多くは運河に沿う土手であり、叢林は広場や公園で目にするくらいである。よく目にするのはポプラ(ハコヤナギ)の仲間のイタリアポプラ、シダレヤナギ、それにセイヨウボダイジュやナラの仲間である。広場や公園にはさらにセイヨウトチノキ、ヨーロッパブナ、ベニスモモなどが加わる。なかでもポプラは幹がまっすぐで高く聳え、遠方からでも目立つ。

 シーボルト・ハウスのあるラッペンブルク運河は、まだ高さも10m未満で十分に生長したとはいえないシナノキが両側に植えられている。運河に沿う道路の整備にともない最近になって植栽されたものだろうが、運河沿いには誠にシナノキが多いのだ。

 私の仕事場がある国立民俗学博物館はライン運河に沿って建物があるが、道から岸辺まで何の障害物もなくいくことができる。岸に沿って植えてあるのはシダレヤナギだ。ライデンに限らずヨーロッパではシダレヤナギやシダレヤナギを片親にした交配種が多い。

 シダレヤナギは植物学の父ともいわれるリンネによってSalix babylonicaという学名が与えられた。babylonicaはバビロンのという意味であり、リンネは聖書の詩篇に登場するコトカケヤナギとしだれやなぎを混同してかく名付けたといわれている。シダレヤナギはバビロンではなくおそらくは中国原産のものであったのだろう。

花が咲いているようにみえるセイヨウボダイジュ、葉の裏が白色を帯びる 強壮で乾燥にも耐えられるヤナギは同じヤナギ科のポプラとともに街路に沿って植樹された。人ばかりか馬など家畜にも日陰は必要だった。

 一方、生長も速く幹が比較的まっすぐに伸びるポプラの仲間は乾燥地では家造りに欠かせなかった。レンガでは乾燥地の家屋の平屋根はできない。レンガを並べる横棒が必要なのである。ポプラは生長が速いだけでなく、材に粘りもあり、建材に向いている。ヤナギの1種であるシダレヤナギはポプラの仲間の木々に較べると用材としては見劣りするものの様々な用途に利用された。なかでも枝は農具や籠(バスケット)作り、それに燃料に重用された。乾燥地で難儀するのは薪である。

 ライデンでみるシダレヤナギの多くは枝が地面を摺るほどに長く伸びる。博物館横の土手のそれは水面に枝先が触れ、流れにまかせている。

 その水面には最近目立ってコウホネやスイレンが殖えた。コウホネは学名をNuphar luteumといい、ときには栽培もされるという。花にアルコール臭があり、英名では通常のyellow waterlily(黄花睡蓮の意味)に加えて、ブランディー瓶を意味するbrandy-bottleの名で呼ぶこともあるらしい。同じ科のスイレンにも多少似るが、光沢のある長めの楕円形の葉をもつ、黄色の多少とも光沢のある花を水面上に開く。

 ライデンに限らずヨーロッパでの木々は緑が美しい。今年のヨーロッパはどこも1948年以来の高温で、気温は連日30度を暑さである。だが樹冠の緑には目を癒される。その緑は明らかに色淡く、柔らかで、暑苦しくない。ライデンをはじめヨーロッパの中心部は緯度では樺太よりも北に位置している。日本とは光線の質がちがうのだろう。

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Profile:

東京大学名誉教授
理学博士
大場 秀章 先生
(おおば ひであき)
ヒマラヤに花を追う-秘境ムスタンの植物- 2005年2月4日、大場秀章先生が中心メンバーの調査チームがネパール王国のムスタン地域で行った現地踏査の成果をまとめた著書「ヒマラヤに花を追う-秘境ムスタンの植物-」の出版を記念して、講演会が開催されました。
東京大学名誉教授。植物分類学の権威であり、ヒマラヤに生育する植物研究の第一人者の大場秀章先生が、植物に関する興味深いコラムを毎月お届けします。大場秀章先生には、当社の緑育成財団が支援している「ネパールムスタン地域花卉資源発掘調査」の中心メンバーとしてご指導いただいています。