大場秀章先生の「草木花ないまぜ帳」 |
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テーマ: マツ |
白砂青松は白砂の浜と松林の織りなす海岸の風景であり、いかにも日本らしい。マツは海岸に生えるだけでなく、岩肌のむき出した山稜にもある。そればかりか最近は激減したとはいえ山野にも広大な松林が広がる。
日本に広くみられるマツにはクロマツとアカマツがある。クロマツはオマツ(雄の松)、アカマツはメマツとも俗称とする。マツの仲間であるマツ属は、属名をPinusといい、いずれも常緑の木本で、北半球に広く分布し、93種があり、日本には上記のクロマツ、アカマツのほか、リュウキュウマツ、ハイマツ、ヒメコマツ、チョウセンゴヨウ、ヤクタネゴウヨウの7種がある。 白砂青松のマツはクロマツ(Pinus thunbergii)で、北海道と沖縄県を除く全土に分布し、主に海岸に生える。アカマツ(Pinus densiflora)もクロマツに似た分布をするが、主に内陸部の山地に生える。しかし、三陸や松島のように山が海岸まで張り出しているところなどでは海岸といえどもアカマツが生えている。 江戸時代は街道にマツを植えた。一草たりともないほどに掃き清められた街道は典型的な痩せ地であり、マツの生育には適していた。 平地に広大なマツ林がみられたのは理由がある。かつての日本では、森は日常の暮しに必要な物資の供給場所であり、とくに樹脂を多く含むマツは重要な資源だった。夜目にも明るい松明はマツの枝を燃やしたものだ。マツはよく燃えるだけでなく火力が強く、古代の製鉄や陶磁器の焼成などには欠かせなかった。 マツは根に菌が共生して暮し、菌がマツの生長を助けるため、砂地や岩のむき出した痩せ尾根でも生きていくことができる。平地にみる松林の大半は、人為によるもので古代の製鉄場や窯業場などがあったような地方に多い。何度も伐採を繰り返すことで土地を痩せさせ、マツのような菌が栄養補給するしくみをもった樹木以外の生育を不可能にすることで維持を図ってきた。 マツの弱みは、芽生えが生長するには太陽からの直射光が必要なことだ。マツは地力の回復を嫌う。地力が高まれば間接光でも育つ他の樹種の侵入を許し、やがて消滅の途をたどらざるをえないからだ。 50年位前に日本では燃料革命があった。それまでの薪炭に代って石油やプロパンガスが使用されるようになった。これが平地のマツ林の消滅を加速した。薪炭の火力調整や火付けに重宝だったマツ葉が不要となり、落葉掻きを止めたために森林の富栄養化を招いたのだ。マツタケが消えただけではない。マツそのものの樹勢も衰えたのである。消滅に拍車をかけたのがマツクイムシなどによる食害であった。 松竹梅の筆頭でもあるマツは園芸上でも重要視されたのはもちろんである。元来は海洋を模したといわれる池のある庭にはマツは欠かせない。浮世絵にも残る江戸の庭園図にはマツが多い。枝や幹がまっすぐに伸びたものの他、さまざまに変形した異形の品も多かった。アカマツでは、根元で幹が箒状に分かれたタギョウショウやウツクシマツ、枝が捻曲したヘビマツ、葉が黄色のオウゴンアカマツ、矮性のアサママツ、クロマツではダギョウクロマツ、オウゴンクロマツ、ヘビマツのクロマツ版であるクロセンモウマツ、枝が長く垂れるシダレクロマツなどが有名だ。 アカマツやクロマツは2つの葉が束になってつくが、マツの仲間にはそれが3や5のものもある。ゴヨウマツ(別名ヒメコマツ、Pinus parviflora)は5つの葉が束になってつく。本州以南に分布し、岩礫地に生え、盆栽によく利用される。ヨーロッパにはクロマツやアカマツに外観が似たオウシュウクロマツ(Pinus nigra)とオウシュウアカマツ(Pinus sylvestris)がある。 マツ属は針葉樹の仲間で、胚珠(熟して種子となる)を包む子房をもたない。子房は種子の成熟と歩調を合わせ果実へとなっていくが、子房をもたないマツ属などの針葉樹は果実は存在しない。種子を収める松かさ(球果という)は胚珠を生じた葉などが変形してできたもので果実ではない。クロマツやアカマツの松かさは長さ4cmほどだが、北アメリカ東南部原産のダイオウマツ(Pinus palustris)のそれは長さ25cmにもなる。 |
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