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大場秀章先生の「草木花ないまぜ帳」
 
 
テーマ: ツツジ

ツツジ ツツジとサツキのちがいをよく聞かれる。開花期のちがいはるが、この質問への答えは存外むずかしい。


 サツキは、最初ツツジよりも1ヶ月ほど遅い五月の頃(5月から6月上旬)に咲くことが名称として、ツツジ類から区別するきっかけとなったらしい。著名な園芸文化史家宮澤文吾は、寛永9年(1632)に著された『生花伝書』がそのはしりではないかという。しかし、天和元年(1681)に出た、水野元勝の名著、『花壇綱目』では、サツキを他のツツジ類から区別してはいない。江戸時代のごく初期まで大方はサツキもツツジのひとつとして扱われていたのだろう。


 ところが、10年後の元禄5年(1692)に、‘きり嶋屋伊兵衛’こと、伊藤伊兵衛が上梓したツツジ図譜である『錦繍枕』(きんしゅうまくら)になると、サツキとツツジがはっきりと区別して扱われるのである。伊兵衛は、「春咲く類をツツジといい、初夏より咲くをサツキというとぞ、しかあれど春咲くサツキ有、木の性サツキなればサツキの内にしるす。又、夏咲くツツジ有、これも性ツツジなれば、ツツジの部に記す」と書く。つまり伊兵衛はサツキとツツジは開花期のちがいだけではなく、属性も異なるとしているのだ。


 ツツジ、サツキ、さらにはシャクナゲやアザレアなどと呼ばれる樹木は、いずれもツツジ科ツツジ属(Rhododendron)に分類される。ツツジ属にはおよそ850種があり、北半球に広く分布するが、全種の75%は中国に特産する。日本に産するのは50数種に過ぎない。しかし、日本では江戸時代からツツジ属の独自の園芸化が進み、サツキやキリシマ、ミヤマキリシマ、クルメ、ヒラトなどの、すぐれた園芸品種群が生まれた。


 今はちがうが、かつての日本ではアカマツ林が全国に広範囲にみられた。とくに丘陵地のアカマツ林下にはツツジ類が多かった。もっとも普通にみられたのはヤマツツジで、日本人のツツジのイメージ形成はヤマツツジに負うところが大きいであろう。しかし、ヤマツツジは文字通り山のツツジであって、そのまま庭植えなどにされることはあまりなかったようだ。


ヤマツツジの花冠は、直径4~6cmで、裂片の上側のひとつの内側に濃い斑点があり、橙紅色の花色の個体が多いが、桃色や白色、淡い紅紫色のものなどもあり、変化に富んでいる。葉には春葉と夏葉があり、春葉は大きめで、長さは5cm、幅3cmにもなり、かたちにも変化が大きいが、夏葉は小さめで、幅は1cmを超えない。また、暖かい地方では葉は越冬するが、北方では多くが落葉する。


 ヤマツツジに似て、花の直径が2~3cmと小さく、春葉も小さいのがミヤマキリシマである。ミヤマキリシマは九州の標高1000m以上の斜面に野生し、ヤマツツジとちがって花冠上側裂片の斑点がない。江戸を中心にミヤマキリシマから作出されたのがキリシマで、ミヤマキリシマ同様に造園や切花などに利用される。キリシマと鹿児島県の薩摩・大隈半島に野生し、枝先に多数の花を生じるサタツツジなども取り込んで、久留米地方で江戸時代末期に形成されたクルメツツジは、今や欧米でも盛んに栽培されている。 


サツキは、関東地方南部以西の本州と九州に分布し、主として渓流沿い岩盤などに生える野生種だが、普通にはこの種を中心に他種との交配により作出された園芸品種群を指していう。最初にも書いたが、多くのツツジ類が3・4月に咲くのにたいして、5・6月、いわゆる五月(さつき)の候に咲くことが、差別化の最初だった。また、サツキでは枝がやや水平に伸長して、横広がりになり、葉や枝に毛が多く、花が大輪で数が少ない傾向を指摘する人もいるが、例外も多い。ヤマツツジは花は開葉と同時または開葉前に咲き、葉に光沢が無いが、サツキは開花が遅いので花が咲くのは春葉の伸長後で、おおむね常緑で光沢がある葉をもつなどのちがいがある。 


サツキには何度かの流行があり、現在では数千の園芸向きの栽培品種がある。サツキの栽培品種の大半は、野生種のサツキに由来するというよりも、九州のトカラ列島に野生するマルバサツキなどとの交配によるものである。マルバサツキは、野生のサツキがシアニジン系の色素をもつのにたいして、マルビジン系の色素をもち、花冠は淡紫色である。また、雄しべはサツキの5本にたいして10本、葉も先は尖らず円形であり、またサツキの野生株と異なりトカラ列島のような火山性の酸性土壌にも強い。このように園芸のサツキが属性や環境への好みが異なる種間雑種に由来することが、サツキの多様な栽培品種の派生の素地となっていることは疑いえない。 


多種多様を地でいくのがツツジの仲間であるといっても間違いあるまい。しかし、種の相違点や栽培品種間の相違点を的確に掌握するのは容易なことではあるまい。ツツジは初心者泣かせの植物だともいえそうである。 




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Profile:

東京大学名誉教授
理学博士
大場 秀章 先生
(おおば ひであき)
ヒマラヤに花を追う-秘境ムスタンの植物- 2005年2月4日、大場秀章先生が中心メンバーの調査チームがネパール王国のムスタン地域で行った現地踏査の成果をまとめた著書「ヒマラヤに花を追う-秘境ムスタンの植物-」の出版を記念して、講演会が開催されました。
東京大学名誉教授。植物分類学の権威であり、ヒマラヤに生育する植物研究の第一人者の大場秀章先生が、植物に関する興味深いコラムを毎月お届けします。大場秀章先生には、当社の緑育成財団が支援している「ネパールムスタン地域花卉資源発掘調査」の中心メンバーとしてご指導いただいています。