大場秀章先生の「草木花ないまぜ帳」 |
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テーマ: ソバ |
日本ほどソバが食材として愛好されている国や地域はないのではと思う。ソバは貧者の食べ物といわれてきた。それはソバが痩せ地でも育つからだ。その貧者の食べ物がなぜ、日本で重要な食材として利用されるようになったのだろう。日本の食文化に調和する要素がソバにはあったからのか。 私事で恐縮だが、今から20年以上も前、親しく接していた中国のさる科学畑の要人が東京に立ち寄った折、私は有名なソバ屋に案内したことがあった。肥満を気にしていたので内心喜んでいただけるものと期待したが、案に相違して彼は、「俺はソバを食べるほど卑しくない」と言って、怒って店を出て行ってしまった。つい日本の感覚で事を処したことを反省したが後の祭りだった。少なくとも当時は中国ではソバは貧者の食べ物だったのである。 ソバはイヌタデ(アカマンマ)やイタドリと同じタデ科の草本で、原産地は雲南と推定されているが、中央アジアから東アジア北部とするなど異説もある。ソバの仲間であるソバ属には16種があり、いずれの種も中央アジアから東アジアにいたる地域に自生する。広く食用として利用されるのはソバとダッタンソバだ。 ソバは学名をFagopyrum esculentumといい、種小名のesculentumは‘食べられる’とか‘食用になる’という意味。属名Fagopyrumは、ブナ(属)を指すFagusとコムギをいう pyrosを合成した名称で、ソバの3本の稜のある卵形の果実が、北半球を代表する温帯樹木のブナの果実に似ていることに因んでいる。平安時代初期に成立した『本草和名』(922年)などにはソバムギの名があり、ソバは実際にムギ類の穀類と見做されていたことが判る。 ソバは生長が早く、播種後60から80日で収穫できる。日本で栽培されるソバは春播夏刈の夏ソバと夏播秋刈の秋ソバに大別される。秋ソバの方が栽培量も多く、味もよいとされる。 食用としてはもっぱら粉食として利用されてきた。ソバでは果実が花被片に包まれたまま成熟する。この花被片も一緒に粉にしたのが、‘出雲’であり、花被片は除去するが果皮(密着した種皮も一緒である)は残して粉にしたものを‘やぶ’という。花被片も果皮も取り除いての製粉が‘更級’である。 ヒマラヤの国、ネパールでは高地でのソバの栽培が盛んだ。ソバの花には白花と紅色のものがある。日本では白花が多いが、ネパールでは紅花が普通だ。山肌一面が紅色の毛氈で敷きつめられたように咲き誇るソバ畑の光景は圧巻だ。 ネパールでは、そばがきやそば粉をバターでかためた携行食が普及しているが、ソバの若い茎を煮て食べる。私も何度かこれを食べたことがあり、日本でもやってみようと思いつつまだ実現していない。日本でも野菜や飼料にソバの茎を利用しているところがあるらしいが、私はまだみたことがない。 日本ではまだ普及をみないがアメリカ合衆国ではそば粉はパンケーキに利用される。ソバの栽培が盛んなカナダなどでは、ソバの花は大事な密源となっている。日本ではそば米も隠れた人気を誇っているし、そば茶もある。もっともそば茶にはダッタンソバの人気が高い。最近ではスプラウト(芽生え)がもやしやサラダ材として注目されている。高血圧を予防する効果があるとされるルチンやたんぱく質、ビタミンCやEの含量が高いことによる。 捨てるところのないソバというイメージは、そば殻の利用であろう。そば殻入りの枕を好むのは日本人だけかと思っていたら、アメリカ合衆国でも売られていて驚いたことがあった。 ソバは、食用や園芸などに、まだまだ将来が期待できる植物であるといえるだろう。 |
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