大場秀章先生の「草木花ないまぜ帳」 |
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テーマ: ジンチョウゲ |
2月に入ると、日差しが日々格段に明るくなっているのを実感する。なぜかそんな時分、私が楽しみにしているのが、ジンチョウゲの開花なのだ。温暖化のせいだろうか、開花が以前よりもだいぶ早まっている気がしてならない。 ジンチョウゲは学名をDaphne- odoraといい、ヒマラヤから中国中部に自生するが日本には産しない。しかし、学名を与え学界に紹介したのは、江戸時代に来日し、日本の植物相を最初に研究したツュンベルクだった。彼は出島のあった長崎で栽培されていたジンチョウゲを見て新種として発表した。 ジンチョウゲが日本へ渡来したのはかなり古く、室町時代にはすでに栽培されていたと推測されている。 高さは1mほどの低木で、株元から多数の枝を出し、全体にずんぐりした樹形となる。葉は常緑で、深い緑色を帯び、枝に互生するが、先端に集まる傾向があり、肉厚で光沢をともなう。花は早春に咲く。一見花弁のように見えるのは萼で、本来の花弁は存在しない。萼は外面は紅紫色、内面は白色で、下方は筒状だが、上部で四裂するため花びらのように見える。 ジンチョウゲには雄の株と雌の株の別があるが、古くに渡来したのは雄株だけだったため、長らく日本では種子はならないとされてきた。しかし、まれに結実することもあるらしく、ジンチョウゲに実がなったというニュースが新聞紙上をにぎわしたこともあった。最近は新たに雌株も導入されたため、結実もまれなことではなくなっている。 ジンチョウゲの名はその香りがジンコウ(沈香)とチョウジ(丁子)に類することにちなんでいる。前者はジンチョウゲと同じ、ジンチョウゲ科の熱帯アジア産の高木である。その樹脂を含む材は、水没後に沈香あるいは伽羅と呼ばれ、日本の香道の主体となり、正倉院御物「蘭奢待」は特に名高い。一方、チョウジはスパイスのクローブで、熱帯アジア産のフトモモ科の高木だが、これもまた香料としても著名で丁香と呼ばれた。 早春は冷たい空気のせいか、ジンチョウゲの芳香はかなり遠方まで運ばれるようだ。風が運んだ一瞬の香りに昔の人は今以上に敏感に反応したに違いない。それは春の訪れを告げるシグナルだったといってもよい。 ジンチョウゲはそもそも観賞を目的に長期にわたり日本で栽培されているのだが、斑入りや紅花・白花品があるだけで、あまり品種改良は進んでいない。それだけ私には、ジンチョウゲが未来ある植物のように見えるのだ。 |
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